大正6年に「副業の選び方」を書いた人がいた
副業の本は今も山ほど出ています。では、百年前はどうだったのか。
私はいま、著作権が切れた古い本を現代語訳してKindleで出す、という作業をしています。その過程で大正6年(1917年)の家計本を訳したのですが、その第七章が丸ごと「家庭副業の研究」でした。
著者は嘉悦孝子。日本で最初の女子商業学校(現在の嘉悦大学)をつくった人です。米価が暴騰した年に、家計を立て直す方法を一冊にまとめています。
読んでみたら、今の副業論とほとんど同じことが書いてありました。そして違うところもありました。両方まとめて紹介します。
まず、百年前の副業の「時給」を見てください
いちばん驚いたのは、賃金が具体的に書いてあることです。東京を基準とした数字です。
| 副業 | 単価 | 一日の稼ぎ |
|---|---|---|
| 煙管の筒を組む(観世撚り) | 一本20銭 | 18銭(紙代1銭を引いて) |
| 羽織の紐を組む | 一組4銭 | 16銭(一日4組) |
| 洋皿敷の編み物(輸出向け) | 一打20銭 | 10銭(一打に2日) |
| 玩具の洋傘張り | 一打4銭 | 8銭(一日2打) |
| 工場勤め(女工・女事務員) | — | 月8〜15円 |
| 家内賃仕事 | — | 月3〜4円 |
| 養鶏 | 卵1個2銭 | 月3円20〜30銭 |
| 小売店 | 資本90円 | 日商10円・月純益30円 |
一日8銭。これが玩具の洋傘張りの稼ぎです。
この数字の意味は、同じ本の別の章と並べると見えてきます。この本の最終章には実在する16世帯の家計簿が載っていて、月給は15円から40円。そして米一升が25銭3厘と書かれています。
つまり、洋傘張りを一日やって、米が三分の一升買えるかどうか。内職を月に休みなく続けても、月給の一割前後にしかならない計算です。
夢のある数字ではありません。著者もそれを承知で書いています。
副業を選ぶときの条件が、今とほぼ同じだった
著者は「副業・内職・賃仕事を選択する時の注意」として、七つの条件を挙げています。原文は文語ですが、意味はこうです。
- 品物がすぐ金になるか、相応の賃金を得られる。販路が広く確実で、いつまでも継続する望みのある仕事
- 自分の趣味に合い、あまり見苦しくない仕事
- 広い場所を要さない仕事
- 季節に関わらずいつでもできる仕事
- 衛生上差し支えなく、危険性を帯びない仕事
- わずかな費用でできる仕事
- 用事があるときは途中で手を離せる仕事
……これ、今そのまま使えます。
「すぐ金になるか」「販路が広いか」「継続できるか」は、現代の副業選びでも最初に見るところです。「場所を取らない」「初期費用が小さい」「中断できる」に至っては、在宅ワークを選ぶ基準そのものです。
百年前の人も、同じところで悩んでいたということになります。
決定的に違ったのは「なぜ働くか」の部分
ただ、この章には現代の副業本にない話が入っています。小見出しを並べるとこうです。
男は外・女は内 / 主婦の任務 / 夫婦共稼ぎ / 今日の社会組織は封建時代とちがう / 妻は夫の月給や稼ぎに頼りすぎるな / つまらぬ料簡を捨てて働け / 女子には職業的教育を施せ
これは内職のすすめではありません。女性が自分で稼ぐこと、そのための教育を受けることを説いた章です。
大正6年です。女性に参政権はありません。その年に、日本初の女子商業学校をつくった人が「今の社会は封建時代とは違う」「夫の稼ぎに頼りすぎるな」と書いている。副業の話をしながら、実は職業教育の話をしています。
現代の副業本は「いくら稼げるか」から入りますが、この本は「なぜ稼げる力を持つべきか」から入る。ここがいちばん違いました。
今やったら違法になるものも混じっている
念のため書いておくと、百年前の副業リストにはそのまま真似できないものも入っています。
薬草栽培の項目に、ケシとジギタリスが出てきます。ケシは現在あへん法で栽培が規制されていますし、ジギタリスは強心配糖体を含む有毒植物です。当時は薬草として普通に勧められていました。
もうひとつ、子供に内職を手伝わせる話も出てきます。ただし著者は「子供には内職の手伝をさせるな」という項をわざわざ立てて、これに反対しています。百年前の人が反対していたことが、今は法律で決まっているというのは、なかなか考えさせられます。
私が訳したときは、こういう箇所すべてに注意書きを付けました。古い本をそのまま出すわけにはいかないからです。
読んで思ったこと
副業の「手段」は百年で完全に変わりました。洋傘張りもマッチの箱張りも、もうありません。
でも選び方の基準は、ほとんど変わっていませんでした。販路があるか、継続できるか、場所と元手がいらないか、中断できるか。百年前の人が七項目にまとめたことを、私たちは今も同じように考えています。
そして稼ぎの規模も、実はそんなに変わらないのかもしれません。月給の一割前後——今の副業も、始めたばかりの段階ではだいたいそんなものです。
百年前の内職リストを読んで、いちばん励まされたのはそこでした。みんな、同じところから始めている。
この本の全訳(表57点・注265件つき)はこちらです。※自著です。アフィリエイトリンクではありません。
- 大正の家計(大正6年『貯金の出来る模範生活法』現代語完全版)
古い本をKindleで出す方法そのものについては、著作権切れの本をKindleで出版する方法に手順をまとめています。売れているかどうかの数字はこちらに全部公開しています。
*運営者の経歴はこちら。*

コメント